
海外進出で、和傘を捨てたのではない。
海外で和傘の技術の“別の使い道”を見つけたことで、和傘を残せる会社へ。
Timeline
世界へ出るまで。
01京都の和傘屋・日吉屋が、海外の声で”正解”を作り直した
京都・上京区に、日吉屋という和傘屋があります。江戸時代後期の創業で、京和傘の技法を受け継ぐ、京都で唯一の工房です。
ただ、和傘の需要は昭和初期を境に減り続けました。2000年前後には年商が160万円まで落ち、廃業するかどうかというところまで来ていました。会社自身の説明では「年商100万円台、家族だけで細々と和傘を作る零細企業」。
そこへ婿に入ったのが、和歌山県の市役所職員だった西堀耕太郎さんです。2003年に日吉屋へ入り、翌2004年に五代目を継ぎました。
02「美しい」だけでは売れなかった
きっかけは、作業場にありました。
傘に張った和紙に油を引き、天日に干す。その和傘を陽の光に透かしたとき、とてもきれいだった。ここから、照明にできないかと考えます。
自分で照明をつくって、まず国内の展示会に出しました。反応は厳しいものでした。来場者は珍しそうに眺めるけれど、置く場所がない、と。
美しければ売れる、ではなかった。これが一度目です。
ただ、この展示会で照明デザイナーと出会います。共同開発して2006年に生まれたのが「古都里-KOTORI-」。
和傘と同じ竹と和紙でつくり、傘のように開閉して畳める照明です。2007年にはグッドデザイン賞の中小企業庁長官特別賞を受けました。
03海外へ——2008年、パリ
国内だけでは限りがある。海外なら広がる。そう考えた西堀さんは2008年、京都商工会議所が出展したパリの見本市メゾン・エ・オブジェに参加します。経済産業省の補助金を使いました。
当時の実感は、後年こう語られています。「MAISON」をなんと読むのかも分からず、とりあえず行っただけ、と。
04「小さすぎる。明るすぎる。」
ブースには現地のバイヤーが来ます。そこで返ってきた言葉として、日吉屋が代表例に挙げているのが、この二つです。
サイズが小さすぎる。明るすぎる。
誰がどの展示会で言ったのかまでは、公開されている資料からは確認できません。会社が、海外で受けた指摘の代表として挙げているものです。
05 海外の声から、商品を作り直す
日吉屋がやったのは、指摘を持ち帰り、デザイナーと商品を直し、翌年の同じ展示会にまた出す、というくり返しでした。
会社はこの進め方を「ネクスト・マーケットイン」と呼んでいます。
自分たちの技術は活かしたまま、現地の暮らしに合う形へ寄せていく。
06ニューヨークのバイヤーと、MOTO
もう一つ、はっきり残っている声があります。ニューヨークの展示会で古都里を見たアメリカのバイヤーからの言葉です。
素晴らしいけれど日本の民芸色が強すぎる、素材を変えてもっとモダンにできないか。
そこから生まれたのが「MOTO」でした。2010年発売。
和紙を張らず、洋傘に使うスチールやステンレス、プラスチックを使い、和傘の骨組みの美しさだけを見せる可動式の照明です。
和紙をやめる。和傘屋が、です。
07展示会という成功パターンも、変わった
日吉屋の海外は、展示会で開きました。パリ、フランクフルト、ニューヨーク、上海、ミラノ。代理店を通して建築会社などに納める企業向けの取引が中心で、15カ国に広がっています。
ただし、海外が売上に占める割合は、2015年の公的機関の取材で年商の約1割。2021年の取材では1〜3割とされています。会社ごと海外事業になったわけではありません。
そして、その展示会というやり方自体が変わりました。2022年、2年ぶりにメゾン・エ・オブジェを訪れた西堀さんは、コロナ前に10万人だった来場者が半分に減り、ホールの半分ほどしかブースが埋まっていない光景を見ています。
以前のような活況はもう戻らないのではないか、と書き、作り手のSNSにバイヤーから直接連絡が来る例が増えていることにも触れています。
十数年かけてつくった勝ちパターンが、また前提から揺れた。三度目です。
08日吉屋から見えること
ここまでは、公開資料で確認できる会社の行動と、本人の発言です。ここから先は、私たちの見方になります。
美しければ売れる。日本の暮らしのサイズと明るさが基準。展示会に出れば売れる。
三つとも、外に出たことで壊れました。そして壊れるたびに、この会社は商品か売り方を作り直しています。小さすぎる、明るすぎる。言われてみれば、そうかもしれません。
天井の高さも、部屋の広さも、夜をどれくらいの明るさで過ごすかも、国によって違います。日本の住まいに合わせてつくった照明が、そのまま合うほうが不思議です。
でも、日本にいるかぎり、これは見えません。自分の家の天井の高さを、わざわざ疑わないからです。順番も大事だと思います。
日吉屋は、売れるかどうかを確かめに行ったのではなく、何を直せばいいかを聞きに行った形になっている。
09WORLD100なら、ここで何を確かめるか
この話を「海外へ出る前に100人に聞いていれば済んだ」とはまとめられません。
日吉屋に決定的な言葉をくれたのは、街を歩く100人ではなく、その市場で商品を仕入れるバイヤーや、空間をつくるデザイナーでした。
なので私たちが最初に決めるのは、何を聞くかより先に、誰に聞くかです。
暮らしの中で使う人に聞くなら、こういうことになります。
– どの部屋で使いたいか
– 置きにくいとしたら、その理由は何か
– 大きさ、明るさ、デザイン、素材、値段。引っかかるのはどこか
– 「日本の伝統工芸である」ことに、お金を払う理由を感じるか
仕入れる側やつくる側には、別のことを聞きます。
– なぜ、採用しないのか
– 扱うとしたら、価格と条件はどうあるべきか
この後半は、100人に聞いても出てきません。
そして、場合によっては、一般の消費者100人に聞くより、バイヤーや設計者への少人数の聞き取りを先にすべきこともあります。
私たちは、何でも100人に聞く会社ではありません。
相手をまちがえた100人分の答えより、正しい相手への数人分の答えのほうが、事業を前に進めることがあります。
What we took from this
売れないなら撤退、ではない。
何を変えれば売れるのかを、探すために聞く。
ただし、誰に聞くかを先に決める。
データについて
「サイズが小さすぎる」「明るすぎる」は、日吉屋が海外で受けたフィードバックの代表例として自社で挙げているもので、特定の人物・国・展示会の発言として確認されたものではありません。商品の寸法や光量、価格の具体的な変更内容は公開資料からは確認できないため、本記事では扱っていません。市場についての読み解きはWORLD100によるものです。
出典
- 年商160万円・国内展示会での評価・古都里発売(2006年)・メゾン・エ・オブジェ出展(2008年)・MOTO発売・代理店経由の取引・海外売上約1割|中小企業基盤整備機構 J-Net21「『日吉屋』廃業の危機から脱した老舗のビジネス戦略」(2015年6月22日)|https://j-net21.smrj.go.jp/special/overseas/export/2015062210601.html
- 「サイズが小さすぎる」「明るすぎる」・ネクスト・マーケットイン・年商100万円台・五代目就任|京都市「私たちが紡ぐ、これからの1000年。」株式会社日吉屋(2024年度認定)|https://tumugu-1000nen.city.kyoto.lg.jp/meet/hiyoshiya/
- ニューヨークのバイヤーの指摘とMOTO|関西外国語大学 国際日本学科「日吉屋 西堀耕太郎社長インタビュー」(2023年7月19日)|https://note.com/kgu_sjsgc/n/na62bdf8e8e60
- 海外売上10〜30%|relay Magazine「変わらないために変わり続ける」(2021年9月1日)|https://relay.town/magazine/wagasa/
- 2022年のメゾン・エ・オブジェの状況|西堀耕太郎「2年ぶりの『メゾン・エ・オブジェ』出張で感じたこと」(note)|https://note.com/kotaro_nishibori/n/na16e4a5ed047
- 「MAISON」をなんと読むのか分からなかった|MORE THAN PROJECT「廃業の危機を乗り越え世界に販路を拓いた京和傘屋の物語【後編】」(2017年3月21日)|https://morethanprj.com/column/1626/
- 展示会出展歴・15カ国展開・現在の事業|株式会社日吉屋 公式サイト|https://wagasa.com/ja
世界に、聞いてみる。