
Timeline
世界へ出るまで。
01野呂英作が、直さなかったもの
1972年、愛知で毛糸を作り始めたばかりの男性が、東京・横浜・大阪の毛糸店を毎日のように訪ねて回っていました。
返ってきた言葉を、本人が書き残しています。どこのメーカーだ、そんな変わった糸は売れないから扱うことはできません。
太さは均一ではありません。色も均一ではありません。強く引けば切れる場所があり、玉の途中にはつなぎ目が入ることもあります。
工業製品として見れば、欠点ばかりでした。
その欠点を、野呂英作は直しませんでした。
02揃っていないことが、商品だった
同社の糸づくりは、工程のひとつひとつが意図的に非効率です。
原料に付いた混入物は、薬品も機械も使わず、すべて手で取り除く。二種類以上の原料を使うときは、あえて均一に混ぜない。ウールとシルクとモヘヤに、それぞれ違う色や艶を自己主張させたいからです。だから一本の糸の中でも、場所によって混ざり具合が違います。同社は商品表示について、あれは投入した割合の平均値です、と自分から説明しています。
糸は人の手で紡ぎ、手でできない部分だけを機械が補う。職人が染めた原毛を一色ずつ手で量って並べ、できるだけ遅い速度で機械にかけます。
そして、ここが変わっています。会社が自分から「欠点」を公表しているのです。
太さは平均値として見てほしい。太いところも細いところもある。撚りが強いところも甘いところもある。糸は80〜90グラムずつしか紡げないので、一玉に一、二か所つなぎ目が入ることがあります、ご理解ください——と。
均一であることを品質と呼ぶのが工業製品の常識だとすれば、この会社はその逆へ歩いていったことになります。
日本の毛糸店が「変わった糸」と言ったのは、たぶん正しかった。
03世界への入口は、大阪にあった
転機は1981年。相手はアメリカの毛糸卸、Knitting Fever社のSion Elalouf氏です。
ただし、どう出会ったのかは資料によって違います。野呂英作側は、老舗毛糸店の社長から紹介されたと書いています。Elalouf氏本人は追悼文の中で、大阪の毛糸店を訪ねたとき、日本とヨーロッパの定番糸が並ぶ棚の中で一つだけ見た目が際立っている糸があった、と回想しています。新聞報道では大阪の展示会となっています。
細部は一致しませんが、1981年前後、大阪で接点が生まれたという点はどの資料も同じです。
海外展開の始まりなのに、舞台は海外ではありませんでした。日本で「売れない」と言われた糸を、日本で見つけた外国人がいた、という順番です。
04糸だけを、売らない。
Elalouf氏は1974年にニューヨークで編み物用品の店を開き、1980年代前半に卸へ専念した人です。以来44年、野呂英作の最も重要なパートナーであり続けました。
ここで大事なのは、この会社が単なる輸入業者ではなかったことです。
野呂英作は自社のやり方を、糸を買ってもらい、その編み方まで教えるビジネスモデルだと説明しています。野呂英作は、糸だけでなく「その編み方まで教える」ことをビジネスモデルにしていました。編み図を作り、作品を見せ、デザイナーを立て、店を開拓する。その部分を担う相手がいて、はじめてこの糸は商品になりました。
商品は変えない。代わりに、商品の意味が伝わる売り方を、外の人と一緒に作った。
2011年時点で、ドイツ、イギリス、フランスでは現地のパートナーが販売会社をつくって営業する形になっています。自分で世界中を回り続けるのではなく、価値を理解した人に任せていく形です。
05守るために、隠さない
もうひとつ、意外なことがあります。
同社は特許などの権利を取っていません。技術情報もあえて開示しています。カタログは二万冊、ノウハウも公開している。そのため世界中で真似されていますが、まったく恐れていない——と公的機関の資料に記録されています。理由は、糸づくりの哲学までは他社に真似ができないから。
海外は技術を盗まれるから怖い、という感覚とは、正反対のところに立っています。
06世界で30億円の市場を、世界から集める
同じ資料に、もう一つ印象的な数字があります。同社が狙う市場は、世界全体で30億円くらいの規模だ、と。
大企業には小さすぎる市場です。しかし従業員25人(2011年時点)の会社にとっては、世界中からその小さな需要を集めれば、十分に成り立つ大きさになります。
同社の言葉も残っています。日本国内の流通構造は複雑だが、世界の流通構造は意外と簡単である。自社ブランドで直接取引するのが原則だ、と。
海外のほうが難しいとは限らない、ということです。
07それで、どうなったのか
2019年の時点で、売上に占める割合は海外70%、国内30%。海外での知名度のほうが高い会社になりました。生産は今も愛知県一宮市で、原毛の輸入から紡績、撚糸まで自社で一貫して行っています。
ただし、順風満帆という話ではありません。
創業者の野呂英作氏は2022年に亡くなりました。会社は息子の卓生氏が継いでいます。同社は手芸市場の成熟を背景に、キャンプやアウトドアといった新しい市場の開拓を進めています。2025年には原材料や加工賃、運送料の上昇を理由に価格を改定しました。
そして2025年12月31日、44年のパートナーであるKnitting Fever社が、アメリカの大手毛糸会社の親会社に買収されたことが発表されました。それが何をもたらすかは、まだ分かりません。
2011年、創業者はこう語っていました。海外展開はまだ三合目で、五合目を目指している、と。40年やって、三合目です。
08野呂英作から見えること
ここまでの公開資料から、私たちが注目したのはこの点です。
前号でご紹介した京都の和傘屋・日吉屋は、海外から「小さすぎる」「明るすぎる」と言われて、商品のほうを作り直しました。野呂英作は逆です。太さのばらつきも、つなぎ目も、非効率な作り方も、そのまま残しました。
変えなかったのは、糸の個性。
変えたのは、売る相手と売り方。
どちらが正しいという話ではないと思います。日吉屋が変えたのはサイズと明るさで、それは商品の芯ではありませんでした。野呂英作が変えなかったのは、揃っていないという特徴そのもので、それを直したらこの糸はただの毛糸になります。
海外に出るというのは、何を変えて、何を変えないかを見極めることなのだと思います。
09WORLD100なら、ここで何を確かめるか
海外の市場を調べるとき、いきなり「現地向けにどう変えるか」から始める必要はありません。
先に確かめたいのは、こちらです。
- 誰が、この商品の「違い」に最も強く反応するか
- その人は、何を価値だと感じているのか
- その価値に、いくらまで払うのか
- どこでなら買うのか
- 仕入れる側は、何があれば扱えるのか
- そして、変えたら価値が消えてしまう部分はどこか
最後の一つが抜けると、指摘されたところを全部直して、結果として選ばれる理由まで消してしまうことがあります。
市場調査は、現地に合わせて商品を変えるためだけのものではありません。変えなくていいものを見つけるためにも使えます。
聞いたうえで、変える。聞いたうえで、変えない。どちらも調査の使い道です。
What we took from this
聞いたうえで、変える。
聞いたうえで、変えない。
どちらも、調査の使い道です。
データについて
創業年は資料により1973年と1975年(法人設立)の記載があり、本記事では断定を避けています。販売国数・店舗数は2010〜2011年時点の数字しか公開されておらず、現在の数値は確認できないため掲載していません。欧州での販路開拓の経緯については、原典を確認できなかった報道があるため本記事では扱っていません。市場についての読み解きはWORLD100によるものです。
出典
- 創業の経緯・1972年の営業と断られた言葉・製法・つなぎ目や太さの説明・展示会の位置づけ・Elalouf氏との出会い|株式会社野呂英作「About NORO / Eisaku's Story」|https://eisakunoro.com/about 従業員25人・約50カ国との取引・独・英・仏のパートナー販売会社・特許非取得と技術開示・狙う市場約30億円・「三合目」・流通構造についての発言|中部経済産業局(中小機構J-Net21掲載)「世界のオンリーワンブランドを信念に、自ら海外市場を開拓!」2011年12月現在|https://j-net21.smrj.go.jp/special/overseas/t5drrv0000008r2k-att/eisakunoro.pdf 海外70%・国内30%・一貫生産・野呂卓生社長・新市場開拓|繊研新聞「手芸糸メーカーの野呂英作 キャンプなど新市場開拓へ」2019年12月3日|https://senken.co.jp/posts/eisakunoro-191203 1981年大阪での出会い・44年の協業・創業者の逝去と後継者|Sion Elalouf(Knitting Fever Inc. 創業者・CEO)による追悼文 2022年9月2日|https://makemadefibercrafts.com/blogs/news/a-tribute-to-eisaku-noro Knitting Fever社の沿革|Knitting Fever Inc.「About」|https://knittingfever.com/about Knitting Fever社の買収(2025年12月31日発表)|Craft Industry Alliance「Lion Brand's Parent Company Acquires Knitting Fever」2026年1月13日|https://craftindustryalliance.org/lion-brands-parent-company-acquires-knitting-fever/ 2025年の価格改定と理由|株式会社野呂英作 オンラインショップ お知らせ|https://shop.eisakunoro.com/
世界に、聞いてみる。